アヤコタナカドライフラワーアレンジメントスクール
3月 桜前線
桜が咲きはじめましたね。
まだ肌寒い日もある3月のこの時期に見る淡い桜色は
とても美しく日本ならではの風情ですよね。
まるで日本中に甘い香りが漂っていくように北上する桜前線。
桜の咲いている間中、雨や風の無いことは極まれでその花季の曇りを花曇と呼び
この時期のこんな天気を俳句では養花天と表すらしいという文がありました。
養花天って?と思い調べてみると玄侑宗久さんのエッセイ「有情の春」に出会いました。
素敵な文でしたのでご紹介します。
それは仏教にはこの世の全てのものを「有情」と「非情」に分ける習慣があり、
山川草木は非情と呼ばれるのは何故だろうという彼の問いかけからはじまるのですが
ここからはそのエッセイの抜粋です。
厄介な情を絡ませず、今年も桜の花芽が大きくなってきた。
しかし冬が長かったせいもあり、私はそれを浮き足立つような気分で眺める。
すでにして、情が絡んでいる。
今年の冬は一日で八十センチも雪の降った日があり、
墓地には数本、枝の折れた桜がある。
私は今日、それらの枝を伐って片付けたのだが、
驚いたことに、途中で折れた枝の先の蕾は、
折れてない枝の花芽よりも赤味が強くなっていた。
つまり、我が身の危機を感じとった枝先は、
より強く子孫を作ろうという意欲を見せたのだろう。
これまでの、園芸や微々たる植物学の知識から私はそう思った。
これってしかし、植物の情ではないのか……。
私はふいに、そうも思った。
今の時期は天気が短い周期で変わりやすい。
さっきまで曇っていた空から小雨が降りだし、風も出てきた。
伐ったばかりの桜の枝先の赤味が、
雨に濡れてみるみる増してきたように見える。
花の時期のこんな天気を、俳句では「養花天」と表すらしいが、
伐られた花を養う雨は、あまりに無情である。
「養花天」という言葉にほだされた情緒が、
宙づりのまま濡れている。
単純に有情の反対語を考えればこの無情なのだが、
草木は有情も無情も超えて、カラリと非情だというのである。
〜玄侑宗久 エッセイ「有情の春」〜
とあります。仏教のことはよくわかりませんが、僧侶であり、作家でもある彼が
有情の苦悩は尽きないとしながら、春の訪れを狂おしく喜び、本当はそん有情の春
を私は祝福したいのである、としたしめくくりになぜかほっとした私がいました。
この時期、日本の美を心ゆくまで堪能しましょう。
アヤコタナカドライフラワーアレンジメントスクール主宰 アヤコ タナカ







